花岡伸和氏
[一般社団法人日本パラ陸上競技連盟 副理事長]
わがチームはこう戦う
来る9月7日、いよいよリオ・パラリンピックが開幕する。熱戦の模様はNHKがハイライトで中継するほか、スカパー!が専門チャンネルを設けて全競技を生中継を絡めて中継の予定。ぜひ多くの方にご視聴いただきたいところである。
今回のパラリンピック開催に際し、D-culture編集部からは注目選手をピックアップしつつ大会の見所を解説してほしいとのオファーを受けた。私の専門は車椅子陸上競技であるから、この分野に焦点を絞ってリオの楽しみ方を書いていこうと思う。
まず紹介したいのは、私が所属する関東車椅子競技部から出場する三選手。男子の樋口政幸選手(37)、そして女子の土田和歌子選手(41)、中山和美選手(33)である。
樋口選手は体力的にも技術的・知識的にもピークを迎えた年齢であるが、T54(障害の最も軽いクラス)の中距離――800m、1500mに出場する。この競技でメダルを狙うのは、正直、かなり厳しい。タイ、中国の両国が圧倒的な強さを見せる競技なのだ。
両国の強さの秘密については後に書こうと思うが、中国などは決勝に3人ぐらい勝ち上がってきたりする。そうすると有力選手を他の二人が囲むというような戦術を取れるようになる。個人技に優れた選手たちにそうした戦略的な戦い方をされたら、まず勝てない。
800mの方はまだ力勝負のようなところがあるが、こちらは脊髄損傷の選手より先天的に障害のある選手の方が圧倒的に強い。だから、樋口選手には無理せず、まずは確実に予選を突破することを目指してほしい。
次に女子の土田選手。シドニーから数えて5大会連続出場の大ベテランだ。
今回はマラソン競技一本に絞っての出場となる。彼女の場合、アテネの5000mで金、マラソンで銀を取っており、世界を代表するトップ・アスリートの一人であることは衆目の一致するところだろう。ただ、本人的にはアテネのマラソンで金を取れなかったことが呪縛となっているようで、なんとしてもいちばんいい色のメダルをという気持ちが強すぎるようなところがある。その後の北京、ロンドンのレースが不運な結果に終わったことで、なおさらその気持ちが強くなったのだろう。
私としては彼女にはメダルの色より自分の能力をすべて出し切ることの方が大切なのではないかと常々、伝えている。ぜひとも悔いのないレースをして、有終の美を飾ってもらいたいところだ。
最後の中山選手は今回が初出場。彼女の場合、T53(T54より障害のレベルが一つ重いクラス)の800mがメインとなる。私がお手伝いした冬期のウェイトトレーニングで急速に力をつけた選手なのだが、なにせ初出場なので、やはり結果を残すことより自分の力を出し切ることを目標にしてもらいたい。ただ、女子の中距離は男子ほどには選手層が厚くないので、ひょっとするという期待はある。最初の100mで集団の中にいられるかどうかが鍵になると思う。
道具の戦いに注目するのも面白い
さて、次に今回の注目ポイントだが、国でいうと先に述べたようにタイ、中国の強さが際立つ。
タイの場合、チーム全体が一つの家族のようなカタチで、強い選手たちが毎日集まって実践のレースを繰り返すような練習をしている。そうすると、やはり全体のレベルが底上げされてくる。これに対して中国はとにかく人材が豊富。指導者の層も厚いし、大陸全土から才能のある選手を集めてきて指導している。これで強くならないわけがない。
一方、イギリスなどのやり方は完全なエリート教育で、オリンピックとパラリンピックが一つのチームで練習している。データなども重視しているし、強くなるための何らかのセオリーをイギリスは完全につかんでいると思う。
一方、個々の選手で注目すべきは、男子では第一にスイスのマルセル・ハグ。100mからマラソンまでのオールラウンダーで、どの競技も圧倒的に早い。今回はおそらく800mからマラソンまでの競技にエントリーしてくるだろう。次に位置するのが前回ロンドン大会の覇者・イギリスのデビッド・ウィアー。ロンドンでは800m、1500m、5000m、マラソンと4つの金メダルを取った。そして、そのデビッドを急追するのがやはりイギリスのリチャード・キアッサロ。グランプリシリーズでデビッドを制した新鋭で、こうしてみるとイギリスはやはり勝つための理論を確立した感が強い。
女子では、アメリカのタチアナ・マクファデンとスイスのマニュエラ・シャーが要注目。この二人はおそらく、マラソンで土田とメダル争いを繰り広げるだろう。
さて、その一方で、リオに関しては“道具”に注目するのも面白い。
これまで、レーサーといえばアルミ製が主流だったのだが、現在はアルミとカーボンハイブリッドやフル・カーボンのレーサーが増えてきている。土田などは八千代工業という会社が製造したフル・カーボンのレーサーをすでに使用しているが、これはもともと本田技研が開発したもの。これに対し、アメリカチームはもしかするとBMW社のフル・カーボンを持ってくるかもしれないといわれている。
そうすると、ホンダ対BMWという対決構造が生じ、これは非常に面白い。いよいよ世界でも有数の自動車メーカーが本気でレース用車椅子を作り始めたわけだが、それはともあれ、そうした道具の戦いにも要注目である。
>>第1回 私の原点
>>第2回 車いすマラソンとの出会い
>>第3回 転機となったアメリカ体験
>>第4回 パラリンピックへの道(1)
>>第5回 パラリンピックへの道(2)