第6回 福祉事務所による違法行為はなぜ生じるのか
森川清氏
[首都圏生活保護支援法律家ネットワーク事務局長 弁護士]
個々のケースワーカーごとにローカル・ルールがある
第1回のコラムで書いたように、生活保護を受けることは、国民誰しもに認められた権利である。しかし、以前のコラムで書いた札幌市白石区の事件──これなどは最も悲惨な事例であるが──に見るように、福祉事務所では申請者に対し保護の申請すら受け付けないというような違法行為がまかり通っているのが現状だ。
なぜ、こんなことが起こるのか。背景として地方財政の逼迫を受けているとイメージすることで(実際には国庫負担金と地方交付税措置がある)、福祉事務所が保護抑制に動いているということがある。いわゆる「水際作戦」である。しかし、同時に注視しなければならないことがある。個々のケースワーカーの思考や資質の問題だ。
本来、生活保護制度というのは憲法と法律、厚生労働省の処理基準で定められた全国一律の制度である。それが現実には、それぞれの福祉事務所ごと、もっと言えば個々のケースワーカーごとにローカル・ルールが存在する制度になってしまっている。ローカル・ルールと言えば聞こえがいいが、簡単に言えばケースワーカーたちが思い込みと偏見をベースとした自由裁量に基づいて物事を処理してしまっているのである。
つまり、まず憲法があり、生活保護法があり、厚生労働省の示す処理基準(各種の規則や通達)などがあって、ケースワーカーはそれにしたがって物事を処理していくのが福祉事務所の業務の基本なわけだが、個々のケースワーカーの中で、憲法・法律・処理基準という肝心の部分が抜け落ちてしまっているのである。違法行為の多くは、そこから生じている。
致命的なソーシャルワーク教育の不足
三科目主事という言葉がある。生活保護の実務担当者(つまりケースワーカー)になるには、社会福祉主事という任用資格を有することが前提なのだが、この社会福祉主事の任用資格は、大学などで厚生労働大臣が指定する社会福祉に関する科目を三科目履修するだけで取れてしまう。つまり、高度な専門性が求められるわけではない。その専門性の欠如を皮肉ったのが三科目主事という呼称である。
個々のケースワーカーが憲法・法律・処理基準を無視して違法行為に走る要因としては、まず、この専門性の欠如が挙げられる。しかし、専門家だからといって優れた援助ができるかと言えば、必ずしもそうとは言い切れないのが難しいところだ。現実に、専門家採用をしている自治体もあるのだが、当該福祉事務所が優れた援助を実施しているかといえば、実際にはそうとも限らないのだ。
やはり決定的なのは、日本ではソーシャルワーク教育が不十分な点だろう。福祉の仕事に携わる以上、きちんとしたソーシャルワーク教育を受け、この分野に関する知識を十分に修得することが前提なのだが、残念ながら日本には体系立ったソーシャルワーク教育のプログラムがなく、またそれを教える体制もないのが現状なのである。
畢竟、無知かつ経験不足の未熟なケースワーカーが福祉事務所にはびこることになる。現状でそれを回避するためには、ソーシャルワークを体系的に学ぶ機会が制度として設けられていないとしても、福祉の仕事に携わる以上、ケースワーカーは自らの意志と努力でそれを学んでいかなければならない。ケースワーカーがそれをしない限り、彼らに目の前の要保護者との人間関係の中だけで、自由に物事を処理してしまうような態度を改めさせることは決してできないだろう。個々のケースワーカーが自覚的に目覚めない限り、福祉事務所が違法行為の温床と化しているような現状は、残念ながら改まることはないのである。
>>第1回 生存権とは何か
>>第2回 ミーンズテストという通過儀礼
>>第3回 いまに生きる「劣等処遇原則」
>>第4回 吹き荒れる生活保護バッシングについて
>>第5回 ナショナルミニマムとしての生活保護基準
>>第6回 福祉事務所による違法行為はなぜ生じるのか
森川清(もりかわ・きよし):葛飾区福祉事務所でケースワーカーとして勤務の後、弁護士へ。日弁連貧困問題対策本部運営委員、東京災害支援ネット代表等も務める。著書に「改正生活保護法 新版・権利としての生活保護法」(あけび書房刊)などがある。