森川弁護士、受給の現場に切り込む
[第3回]

第3回 いまに生きる「劣等処遇原則」

森川清氏

[首都圏生活保護支援法律家ネットワーク事務局長 弁護士]

森川清氏

生活保護制度を取り巻く問題点を専門家の立場から徹底解説。

 

「ナマポ」は底辺労働者よりいい暮らしをしている?

 周知の通り、さまざまな問題点が指摘されながらも、2013年8月からほとんどの生活保護世帯の生活扶助基準が引き下げられた。事態は2012年12月に誕生した自民党政権が「生活保護費給付水準の原則1割カット」を公約としていた以上、当然、予想されたものであったが、保護利用者の怒りは凄まじく、この引き下げに対しては1万件を超える審査請求がなされた。虐げられた人々にとっては、当然の反応といえるだろう。

 一方、生活保護バッシング側は「保護利用者が、最低賃金で働いている人々よりもいい暮らしをしているのはおかしい」「保護利用者が年金生活者よりいい暮らしをしているのはおかしい」などの理屈をまことしやかに流布している。

 生活保護バッシング側は、ワーキングプアと保護利用者、年金生活者と保護利用者を対立させ、自己責任を果たしていない者として保護利用者を貶めようとする。まさに「ナマポ」という蔑称(「怠け者」に由来)はそこから来ている(ただし、法令上は、最低賃金は生活保護基準と整合が取れていなければならず、最低賃金に合わせて生活保護基準を引き下げるのではなく、生活保護基準に合わせて最低賃金を適正な水準にすることとなっている。つまりワーキングプアと保護利用者は対立するものではないのである)。

 なぜ、保護利用者は保護基準引き下げで1万件を超える審査請求をし、そして、各地で国をも相手取って保護基準引き下げに異議を申し立てるほど怒っているのか。

 保護基準の引き下げは、単なる給付の削減ではないからだ。

 それはむしろ保護利用者の人としての尊厳を踏みにじるものなのだ。対立を煽られてなされた保護基準引き下げは、まさに救貧法で適用されていた「劣等処遇原則」だ。扶助を受ける者は、最下層の労働者の生活より低い生活に甘んじなければならないという原則である。恐るべきことに、この国のエスタブリッシュメントというか支配層の意識においては、いまだにこの原則が生きているのだろう。

保護の水準をめぐって積み重ねられてきた論争

 もちろん、現在の生活保護法の理念には、劣等処遇原則は取り入れられていない。保護利用者が最下層の労働者よりも低い生活を強いられる根拠など、法的にはどこにもない。生活保護法3条は、保護利用者に「健康で文化的な生活水準を維持できる生活」を保障することを明記している。むしろ、その条文を盛り込んだ生活保護法の下ですら保護の水準が十分とはいえないということが、同法の施行当初から問題になっていた。その問題について、憲法25条の生存権規定との照応においてはじめて法廷の場で議論されることになったのが、1957年に提訴された朝日訴訟である。

 同訴訟は最高裁まで争われたが、1964年の原告の死亡により1967年に終了した。そのとき、最高裁が傍論で示した判断は、極めて微妙なものだった。かいつまんで言うと、「健康で文化的な最低限度の生活」とは抽象的な相対概念であり、その具体的な内容の認定判断は厚生労働大臣の裁量に委ねられるというものである。

 つまり、行政の専門的・技術的な裁量に基づいて保護の基準を定めていくというわけである。だが、裁量には限界がある。今のところ、生活保護基準が憲法25条違反でないかどうかを争う訴訟は老齢加算廃止をめぐるもので生じているものの、これまでの最高裁の判断は裁量統制において合憲合法であるというもので、最高裁において違憲違法の判断がなされない以上、どこまで引き下げれば違憲違法なのかについての明確な判断基準がまだ示されていないということだ。

 大事なのは、その判断基準を単なる生活水準の引き下げだけでなく、人としての尊厳という観点から導き出せることである。

 
>>第1回 生存権とは何か
>>第2回 ミーンズテストという通過儀礼
>>第3回 いまに生きる「劣等処遇原則」
>>第4回 吹き荒れる生活保護バッシングについて
>>第5回 ナショナルミニマムとしての生活保護基準
>>第6回 福祉事務所による違法行為はなぜ生じるのか
 


 

森川清(もりかわ・きよし):葛飾区福祉事務所でケースワーカーとして勤務の後、弁護士へ。日弁連貧困問題対策本部運営委員、東京災害支援ネット代表等も務める。著書に「改正生活保護法 新版・権利としての生活保護法」(あけび書房刊)などがある。

首都圏生活保護支援法律家ネットワーク


 


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