森川弁護士、受給の現場に切り込む
[第1回]

第1回 生存権とは何か

森川清氏

[首都圏生活保護支援法律家ネットワーク事務局長 弁護士]

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生活保護制度を取り巻く問題点を専門家の立場から徹底解説。

 

生活保護利用にともなうスティグマ

「○月の生活保護世帯、過去最高を更新=厚労省」──このような報道がメディアを賑わす昨今、生活保護利用者に対する世間の視線が日に日に厳しくなってきている。「税金でただ飯を食っている怠け者が増え続けている」、世間が生活保護利用者に向けているのは、そんな偏見に満ちた視線だ。ナマポという蔑称も「怠け者」に由来していると思われる。その偏見の偏見たるゆえんについては、また稿を改めて論じる。ここで問題にしたいのは、受給世帯が微増傾向にあるにもかかわらず、日本の場合、生活保護の対人口比での利用率が、他の先進諸国よりも際立って低いという事実である。

しかも、日本の場合、生活保護を利用する要件を満たす人のうち現に利用している人の割合(捕捉率)は約2割にすぎない。捕捉率を国際比較してみると、ドイツで6割、イギリスで7割、自己責任論の元凶というべきアメリカでさえ4.5割である。この生活保護の利用率・捕捉率の低さは、生活困窮者の餓死事件など、さまざまな社会問題を招来している。真に由々しき事態である。

なぜ利用する要件を満たす人のうち、8割もの人が生活保護制度から漏れてしまうのか。そこにはさまざまな理由があるが、最大の要因はスティグマ(恥辱の烙印)の問題である。生活保護を受給することにより、「恥ずべき」者としての社会的烙印を押されてしまうという思い込みが、人々を生活保護制度から遠ざけてしまっている。この状況を変えない限り、悲惨な事例が連鎖的に増え続けてしまう事態を避けることはできない。

すべての国民に発達し成長する権利がある

ここで確認しておこう。生活保護を利用することは、国民誰しもに認められた権利である。その権利の根拠となるのが憲法25条の定める「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」の保障の原理──すなわち生存権の保障の原理。この原理に則る限り、本来的・本質的にスティグマの問題など生じる余地がない。

しかし、実際には生活保護の利用にはスティグマの問題が避けがたく伴ってしまうのも事実。なぜか。理由は生存権の保障の対象とされている「健康な生活」と「文化的な生活」という概念の分かりにくさに求められる。いったいなにが「健康」で「文化的」な生活なのか、確かにこれは分かりにくい。分かりにくいからこそ、人はそれを端的に生活水準の問題に還元してしまう。しかし理念なきままに、生活水準──つまり「お金」の水準のことだと理解してしまっては、生存権の保障の原理とは、「貧しい人」「貧困にある人」を対象にした原理だという皮相な理解に陥ってしまう。畢竟、生活保護制度も、単に「生活困窮者が頼るべき制度」ということになってしまう。スティグマの問題もバッシングの問題も、多くはそこから生じる。

そこで、「お金」の水準の理念を導き出すことが必要になる。私の長年のケースワーカーと弁護士の経験から、実践においてもっとも重要だと思うところからテーゼを立ててみた。それは、「幸福追求権(憲法13条)を前提とした生存権保障の原理とは、すべての国民に「成長し発達する権利」を保障する原理である」というものだ。

私はこのテーゼを拙著「改正生活保護法~新版・権利としての生活保護法~」(あけび書房刊)の中で、アメリカのソーシャル・ケースワーク理論の神様ともいえるバイステックを引用しつつ説明している。詳しくは、同書を参照してほしい。ここでは詳細は省くが、生存権保障の原理とは、すべての国民に「成長し発達する権利」を保障する原理であるという理解には、それを端的に生活水準の問題に還元してしまう理解よりも、ずっと普遍性・妥当性があると自負している。

さて、ここでスティグマの問題に戻ろう。生存権保障の原理を「成長し発達する権利」を保障する原理であるとするならば、生活保護制度とは、「生活困窮者が頼るべき」制度ではなく、何らかの事情で「成長し発達する権利」が保障されない人々を対象とした制度ということになる。そして、憲法25条2項には「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とも書いてあることを併せ考え、正確に理路をたどっていくならば、スティグマの問題は今よりはずっと緩和されるはずと考えるのだが、いかがだろう。

ただ、スティグマの問題というのは一筋縄で解決できる問題でもない。理論的にそれを脱構築すれば、それできれいになくなるわけでもないのだ。次回は、そのことについて書きたいと思う。
 
>>第1回 生存権とは何か
>>第2回 ミーンズテストという通過儀礼
>>第3回 いまに生きる「劣等処遇原則」
>>第4回 吹き荒れる生活保護バッシングについて
>>第5回 ナショナルミニマムとしての生活保護基準
>>第6回 福祉事務所による違法行為はなぜ生じるのか
 


 

森川清(もりかわ・きよし):葛飾区福祉事務所でケースワーカーとして勤務の後、弁護士へ。日弁連貧困問題対策本部運営委員、東京災害支援ネット代表等も務める。著書に「改正生活保護法 新版・権利としての生活保護法」(あけび書房刊)などがある。

首都圏生活保護支援法律家ネットワーク


 


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