Road to the Paralympics Tokyo
[第10回]

花岡伸和氏

[一般社団法人日本パラ陸上競技連盟 副理事長]

 

第10回 後身を指導していて思うこと

後身と

パズルのピースをどう埋めていくか

指導者として若いアスリートたちと接していて強く思うのは、とにかく若い子たちというのは「足りないものだらけ」だということ。ただ、これは私自身も若い頃は同じだったし、だからダメだということではない。若い子たちというのは経験値が低いがゆえに見えているものが圧倒的に少ない。アスリートに限らず、人間というのは年齢を重ね、経験を積んでいってはじめて色んなものが見えてくるものだ。したがって、誰もが「足りないものだらけ」の状態からスタートするのである。

そこで肝心なのは、自分に色々なものが足りていないことに気づけるかどうか。そこが、その選手が伸びていけるかどうかの分水嶺になる。そして、気づくために必要なのが自己分析だ。自分の現状をしっかりと分析し、今何が必要なのかを理解する──これができる選手というのは視野が広がっていくため、どんどん伸びる。

自己分析・現状把握・目標設定・振り返り──こうした作業の繰り返しが、アスリートが成長していく上では不可欠である。ただ、たとえば行動プロセスの枠組みの一つにPDCA(Plan・Do・Check・Action)サイクルがあるが、若い子たちにはそうした専門用語を使って説明してもなかなかわかってもらえない。したがって、指導にあたっては「今の自分についてどう思う?」といったカタチで丁寧にかみ砕いて説明していく必要があるわけだ。

そして、指導者としてもう一つ、きちんと見ておかなければならないのが、選手それぞれ現状で出来ることが違うということ。それをしないとその選手にとって無理な課題を与えてしまうことになりかねない。だから、選手一人ひとりの現状に合わせて課題を与えていき、そして──ここが肝心なのだが──その選手に自分で考えさせて、「今、自分にはこの課題を解くことが必要なのだ」と納得してもらった上で、取り組ませるのである。私はよく、それをパズルを例えに使って説明する。

パズルというのはピースを置く場所によって完成のスピードが変るものだ。そして、選手一人ひとり、それぞれ描きたい絵の大きさは違う。だから、最初のピースをどこに置くかからはじめて、そのパズルをどう攻めるかを自分で決めさせるのである。指導者にできるのは「そのピースはそこに置かない方がいいかも」とアドバイスすることだけ。決めるのは選手一人ひとりである。これは、私自身が指導者から教わり、実践してきたことだ。

 

後身と

 

指導者として最も重要な資質は「待てる」かどうか

選手の自発性を重視するというのは、一人のアスリートを育てていく上で極めて大切なことである。たとえば、私が指導している、ある有望な若手選手がいるのだが、彼の場合、どんどんスキルが上がっていって、今ちょうど道具の使い方がわかってきた段階にいる。

そうすると、彼に限らず多くの選手が知らず知らずに犯してしまう失敗なのだが、楽な方へ楽な方へ流れてしまいがちになるのだ。たとえば車椅子の漕ぎ方なども楽な漕ぎ方を選択してしまうため、今までと同じ練習量をこなしていても、どうしてもパフォーマンスは落ちてしまう。

けれど、私はそこで彼にそれを「止めなさい」とは決して言わない。とりあえず本人に好きなようにやらせておく。そして、きっかけをみて本人に気づかせるようなカタチでアドバイスを与えるのだ。

本人自らが間違いに気づくかどうか──これが重要なところだ。こちらで指導して矯正しても、本人がわかっていないとまた同じ失敗を繰り返してしまうことになりかねない。比喩的に言えば、頭を打つ前にそれを回避させることも指導者の仕事かもしれない。

しかし、頭を(上手く)打たせることもまた、それ以上に大切な役割なのだ。つまり、少し遠回りかもしれないけれど、頭を打って本人が気づくまで待つこと。その方が結果的に目標により早く到達できるのである。最近、ある名指導者と言われている方とお話させていただく機会があり、「指導者として最も大切な資質は何ですか?」と問いかけたところ、「待てるかどうかだ」という答が返ってきた。私が膝を打ったのは言うまでもない。

今、パラスポーツの世界では2020年に向けて突貫工事で選手を育てようという間違った機運が高まってしまっている。しかし、一人の選手を育てるというのは待つことの連続、遠回りの連続であり、非常に時間のかかる作業だ。加えて、これは以前にも書いたことだが、一人の選手を「伸ばす」とは、競技力を高めさせることだけでなく、人間的にも成長させていくことを意味する。

競技力と人間力の両輪をバランスよく伸ばして行くには、どうしても時間がかかる。突貫工事でなしえる仕事ではないのである。その点をきちんと認識しておかないと、色んな弊害が出てきてしまうのではないか──そう強く危惧する昨今である。

 

後身と

 

 

花岡伸和

アテネパラリンピック(2004年)の車いすマラソンで6位、ロンドン(12年)で5位に入賞した車いす陸上の国内トップアスリートが花岡伸和氏。マラソンを引退後は後進の指導に力を入れる一方、手でペダルをこぐ自転車「ハンドサイクル」に転向し、同競技での東京パラリンピック(20年)出場を目指している。

 



 


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