ますみゆたか氏
[にじのこころ・代表]
誰にも話せない悩み
ますみ氏がゲイというご自身の性的指向に気づかれたのは小学生の頃。以来、性的な事項に悩まされ続けてきた。そんな彼が最愛のパートナーを病で亡くされたのは27歳のとき。それがきっかけとなり、鬱病を発症。強迫性障害やパニック障害もともなう深刻な心の病だった。
「パートナーの病死そのものももちろん、大きなショックでしたが、同時に彼のご両親に彼との関係についてまったく話せないことも強いストレスでした。彼はご両親に自分がゲイであることをカミングアウトしていませんでしたから、私の不注意な言葉でその事実が“親バレ”してしまうことはなんとしても避けたかった。私と彼の関係は、彼のご両親にすら公認していただくことができない──そんな葛藤の中、心を病んでしまったわけです」
ますみ氏は当時、ある企業に事務職として勤務していたが、病が深刻化するにつれ、休職を余儀なくされることとなった。とくにパニック障害を併発していた1年ほどの間は電車などの公共交通機関を利用することさえ怖くて仕方なくなり、行動範囲に極端な制限がかかってしまった。
誰かに苦しい胸の内を訴えたい──そんな思いが日増しに強くなっていった。東京在住の彼の元には居住する区の区報が届く。そこには精神疾患を患う人々の当事者会や自助グループなどの情報が掲載されていた。ますみ氏は、それらにアクセスしてみることを思い立った。
「でも、そこに集う人々は性的にはストレートであることが“当たり前”で、ご結婚されているとか、お子さんがいらっしゃるとか、そうした事実ありきで話が進んでいく。『同性の人と付き合っていて、彼の病死がきっかけで鬱病を発症した』などとはとても言い出せる雰囲気ではありませんでした」
どこに行っても、誰にも悩みを打ち明けることができない──これは厄介だとますみ氏は思った。ただ、この社会には自分のような立場の人間が少なからずいるはずという確信が彼にはあった。そうであるならば、自分で“場”をつくってしまおう──次第にますみ氏はそう考えるようになった。幸いにして、この時代にはインターネットという情報インフラがある。これを活用すれば“場”をつくることは決して不可能ではない。ますみ氏の挑戦が、そこからはじまった。
LGBTコミュニティにも差別はある。
まず2012年、フェイスブックやツイッターといったSNSを使った情報発信からスタートした。セクシャルマイノリティに関する世間のニュースや、精神疾患にともなう問題点などを細かに発信していった。すると、数はそれほど多くはないものの、確実に読者が増えていった。そして、彼らの中から実際に顔を合わせて話し合う“しゃべり場”を設けてほしいという要望が届くようになった。ますみ氏はそれに応え、「にじのこころカフェ」というセクシャルマイノリティ×精神疾患当事者の雑談の場をスタートさせた。同カフェは現在、2~3ヶ月に一回の割合で定期的に開催されるようになり、毎回、10名前後の参加者が集まる。
「彼らは本当に自分の事をしゃべる場がないんですよ。たとえばLGBTコミュニティの中にも精神疾患に対する偏見はありますから。パートナーがいる方はいいのですけど、新しい出会いを求めて──いまは恋人や友だち募集のサイトやアプリなどがありますから──LGBTコミュニティにアクセスしても、『メンヘラお断り』などと言われてしまうケースも多い。二重に差別されているような状況です」
また、より生活に密着した問題としては、就労の問題などもある。たとえば就労移行支援事業所などに通う場合、心の性と体の性が一致しないトランスジェンダーの人々などは、トイレ一つ使用するにしても男性用・女性用のどちらを使うのかなどの問題が出てきてしまう。これなどは実際の就労の場となると、なおさらクローズアップされてしまう問題だろう。
さらに、医師との関係の問題などもある。都心部の病院であればセクシャルマイノリティであることを問題視しない病院も多いが、地方などでは彼らにあからさまな偏見を持つ精神科医なども少なくない。人間性について許容範囲が広いはずの精神科医にしてそうなのだ。後は推して知るべしということこだろう。
このようにさまざまな困難に囲まれた彼らに対し、ますみ氏はどうアクションを起こそうとしているのか。最後に、今後の展開についてうかがってみた。
「まずはサイトでLGBTに対する理解のあるクリニックや就労移行支援事業所などの情報をまとめて紹介したいですね。それと、精神疾患を患う人たちにとってはやはり就労が大きなハードルとなりますから、ワークシェアリングではないですけど、無理がない程度で働いて収入を得ることが出来る──そんな職場を構築できたらいいなと思います」
*注1:出典「電通ダイバーシティ・ラボ『LGBT調査2015』」
*注2:出典「厚生労働省 精神疾患による患者数」