Road to the Paralympics Tokyo
[第9回]

花岡伸和氏

[一般社団法人日本パラ陸上競技連盟 副理事長]

 

第9回 自分にとってかけがえのないもの──家族

家族

>>第1回 私の原点
>>第2回 車いすマラソンとの出会い
>>第3回 転機となったアメリカ体験
>>第4回 パラリンピックへの道(1)
>>第5回 パラリンピックへの道(2)
>>第6回 パラリンピックへの道(3)
>>第7回 パラリンピックへの道(4)
>>第8回 アスリートの存在意義とは何か

一般的な「アスリートの妻」とは違うカタチで支えてくれている存在

今回は家族の話をしてみようと思う。妻と知り合ったのは私が地元の福祉公社で働いていた20代前半の頃のこと。その頃、私は人に勧められて手話のサークルに参加していたのだが、そのサークルに彼女も参加しており、知り合いになったわけだ。

当時、彼女は幼児教育について学ぶ大学生。私が彼女について最初に「良いな」と思ったのは、その真面目さだった。そして、親しく話をするようになって強く感じたのが、自分の母親と似ているということ。上手く言えないが、母親と彼女は「同じモノ」を見ているように感じたのだ。男は母親と似た女性を最終的に選ぶとよく言われるが、私も例に漏れず、「この子と付き合いたいな」というよりは、はじめから「この子と結婚したいな」と思ったのだった。

しかし、それですぐに付き合いがはじまったわけではない。私が彼女に「付き合ってほしい」と申し込んだのは、プロアスリートへの第一歩として大分に拠点を置くホンダ太陽という企業(障害者のアスリートチームを擁する日本では数少ない企業だった:コラム第4回参照)への転職を決めたときのこと。このまま大分と大阪に住む場所が分かれてしまったら縁が切れてしまうと思ったからだ。それで、遠距離恋愛がはじまったわけだが、当時は時間があれば日帰りででも片道5時間、車を飛ばして彼女に会いに行ったものだ。青春だったなと思う。

そうして5年間ほどの交際期間を経て、アテネパラリンピック後に結婚を申し込んだのであるが、先方のご両親からすぐに許可が下りたわけでは、当然、なかった。ただ、私は焦らなかった。論より証拠というか、ぐいぐいと「押して」いくより結果を見せるしかないと思ったからだ。
その一つが安定した仕事に就くこと。幸い、アテネ後に車椅子メーカー・オーエックスエンジニアリングへの就職が決まり(コラム第5回参照)、生活基盤を整えることができた。私の両親(とくに父親)も必死にバックアップしてくれた。そうしたこともあってなんとかOKをいただいたのであるが、今考えてもやはり、寛大なご両親だと思う。

そうした経緯もあり、結婚式は少し無理をしても盛大にやろうと考えた。私が思うに、結婚式や披露宴というのは先方のご両親、また社会に対し、男が「自分はこれだけできるんですよ」ということをアピールする場なのだ。自分はこれだけのイベントをつくることができ、これだけの人を集められる人間なのだ──それを証明するため、このときはかなり頑張ったと思う。この結婚式・披露宴の成功は、色々な意味で効果的だった。誰か(何か)を説得したいときは、やはり論より証拠なのだ。

さて、そうしてはじまった結婚生活であるが、よく訊かれるのが「アスリートの奥さんって大変なんでしょう?」ということ。そういうことを訊く人たちというのは、たいてい、TVなどに出てくる野球選手の奥さん──夫の栄養管理から子供の教育まで完璧にこなす賢妻──をイメージしているのだと思う。妻には悪いが、彼女はそういう意味での賢妻ではない。できないこともたくさんある。
しかし、私にはやはり、一アスリートとして、また一社会人として彼女に支えてもらっているという実感がある。一般的な「アスリートの妻」とは違うカタチで、彼女には支えてもらっているのだ。そして、私にとっては、栄養管理等々よりも、そちらの方がはるかに重要なのである。この辺、相性の問題も大きいと思う。

 

結婚

 

なにをやってもいいけど人に迷惑をかけたら「半殺し」

私たち夫婦が待望の子供を授かったのは2006年のこと。今年10歳になるこの長男に「強い父親の背中」を見せたいがために、一度は折れかけた心を立て直し、ロンドンパラリンピックまで現役を続けた話は連載の第6回で書いた。私が子供に男らしい父親の姿、頼もしい父親の姿を見せたいと思うのは、自分の父親が反面教師となっている部分がある。私自身が子供の頃、男らしく頼もしい父親像を自分の父親に求め、しかしそれを得ることができなかった──だから、自分の子供にはそれを与えてあげたいのである。

しかし、最近の風潮として、男=強い・頼もしいというような考え方はもう古いと言われていることは知っている。ジェンダーフリーがさかんに言われ、一方ではそれにも良い面はあると思うが、「男も女もないんだ」という論調が支配的になっていくのには、私は強い抵抗を感じる。なぜ男女という性別があるのかという根本的な問題を無視しているように感じるからだ。極論を言えば「男も女もなくなって」しまえば、人類は続かなくなる。いかに社会が成熟しようと、男女それぞれの役割というものは大きくは変らない、普遍的なものだと思う。それを前提に、男と女がそれぞれ相手をきちんと認め合っていくべきではないか──少々、アジテーションめくが、私はそう考える。

しかし、誤解してほしくないのだが、だからといって私は子供に対し、いわゆるマッチョな教育方針で臨んでいるわけではない。これは私がお世話になった人の言葉であるが、子育てに関しては人に迷惑をかけさえしなければ何をやってもいい、その代わり、人に迷惑をかけたら半殺しにするからなという意思だけは伝えておく──これでいいと思うのだ。大きな愛で見守りながら、子供には好きなようにやらせる。子育てに関しては、そのぐらいざっくりした構えでいる方がいいと私は考えている。

ただ、一つだけ心がけているのは、たとえば昨今、多発しているテロ事件のような難しいテーマに関しても、相手を子供だと思わずに自分の伝えるべきことを伝える、ということ。だから、先に挙げたテロの問題などに関しても、まず現在の世界情勢からきちんと説明し、「じゃあ、どう思う?」と問いかけるようにしている。すると、「人を殺すのはやっぱりよくないと思う」といった子供なりの理解ができてくる。こちらから「人を傷つけるのはよくないんだよ」と考えを押しつけるのではなく、子供から答を引き出すことが大切。そうでないと、生きていく上で肝心な事柄は身につかないからだ。
ともあれ、子供というのは親が用意してあげた環境の中でしか育たないもの。それを棚上げして「自分が考えていたのとは違った子供に育ってしまった」などというのは、子供に対して失礼だと私は思っている。

 

妻

 

 

花岡伸和

アテネパラリンピック(2004年)の車いすマラソンで6位、ロンドン(12年)で5位に入賞した車いす陸上の国内トップアスリートが花岡伸和氏。マラソンを引退後は後進の指導に力を入れる一方、手でペダルをこぐ自転車「ハンドサイクル」に転向し、同競技での東京パラリンピック(20年)出場を目指している。

 

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>>特別寄稿 リオ・パラリンピック開幕直前 車椅子陸上の見所はこれだ!
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>>第6回 パラリンピックへの道(3)
>>第7回 パラリンピックへの道(4)
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