うつ病でLGBTな僕の生活と意見[第1回]

うつと付き合う中で私が実践したこと

ますみゆたか氏

[にじのこころ代表]

猫とガムテープ
 

精神疾患を患い、かつLGBT(ゲイ)である──この社会では二重の意味でマイノリティでありながら、同胞たちのために自助グループ「にじのこころ」を事実上、一人で運営するという孤軍奮闘ぶりをみせる、ますみゆたか氏。LGBTコミュニティでさえ「メンヘラお断り」という理由でなかなか受け入れられないという彼が、日々の雑感を連載で綴ります。

 

日々の工夫で少しずつ心を整えられるようになる

私はセクシュアルマイノリティと精神疾患の自助グループ「にじのこころ」を運営しているますみゆたかと申します。

以前自助グループの活動について取材をしていただいたご縁で、今回よりこちらで記事を書かせていただくことになりました。

(グループの活動や私については以前取材をしていただいた記事「心病む性的マイノリティたちに「君は一人ではないんだ」と伝えたい」をお読みいただければと思います)

うつ病をはじめ、強迫性障害やパニック障害など、いろいろな病気の体験を何かしら形に残し、誰かが苦しい思いをした時の回復の一助になればと思ったからです。

ネットの普及により精神疾患の症状や病院の情報を知ったり、当事者同士の繋がりを作ったりできるようになりました。特に近年多くの人が利用しているSNSでは、様々な当事者の心の叫びを感じることができます。

しかし情報量がとても多く、精神疾患への悪意のある書き込みやショッキングな画像や映像を見てしまい、それによって傷ついたり過去の辛い記憶を思い出して具合が悪くなってしまう方もいます。

肉体はトレーニングやアドバイスによって柔軟性のある体やケガをしづらい体、回復しやすい体を作ることができます。また「筋肉量が増えた」「開脚がここまでできるようになった」など、見た目や数字で成果がわかりやすいのが良い所です。

体と全く同じようには変えられないかもしれませんが、物事を穏やかに受け止め気持ちを切り替える柔軟性、落ち込みにくくまた辛い状態になっても回復しやすい心を持てるようになる方法があるのではないでしょうか。体もいきなり重いバーベルを持ったり長距離を走ることはできません。日々の工夫で少しずつ心を整えることができるようになると思っています。

これから少しずつですが、うつ病と付き合っていく中で私が実践したものを紹介していきたいと思います。そこから何か回復のヒントを見つけていただけたら幸いです。あくまで私が自分の精神疾患の経験から生み出した行動なので、ご理解いただければと思います。

 

回復のきっかけはガムテープによる掃除だった

うつ病発症から数年経ち、症状が落ち着いていたある日、心身の調子が突然崩れてしまい何もできなくなりました。明確な原因はわかりませんが、疲れが溜まって心が弱っていた時に沈静化していたうつ症状を呼び起こすストレスがあったのではないかと思います。

その時私が感じた自分の心身の状態は、深い水の中に沈んだらこんな感じなのではないかというようなものでした。体全体にものすごい圧を感じながらも、同時にふわふわとしている気持ち悪い感覚でした。自分の足で立っているのかよくわからず、体を動かそうと思っても、そこから自分の体に伝わるまでは衛星中継のようにものすごく時間がかかり、人の声や音がぼんやりと遠く聴こえ全く頭に入ってきませんでした。

何もする気が起きず薄暗い部屋で寝込む日々が一週間くらい続いていたのですが、不安から逃れたくて寝ていると「またうつ病がひどくなってしまうのか」「これからの生活はどうしよう」「他の人はみんな動いているのに自分だけ置いていかれるのか」そんな思いがずっと頭の中をうごめき、さらに具合が悪くなっていくばかりでした。

ところがある日、回復につながるきっかけがありました。それはガムテープです。

ひたすら寝続けていたある日、ふと自分の寝ているベッドの横にある小さなテーブルにホコリがたまっていることに気づきました。何もしたくない状態だったのでそのまま放置しようと思ったのですが、妙にそれが気になってしまい、トイレに行くために起きた後にそのホコリを何とかしてみようかと思いました。うつが悪化したのではないかと言う不安で頭の中がいっぱいなのに、さらにホコリまで気になっては本当に苦しいので、ホコリの問題を早く片づけてしまおうと思ったのです。

とは言え掃除機を出す気力はなく、簡易的にガムテープでホコリを取ろうと思いつきました。ホコリが舞わないように少しずつそっと天板を撫でてみるとそこだけ綺麗になり、テープの粘着面には具合が悪くなる前に掃除してからの間に積もったものがたくさん付いていました。

その瞬間、何かを少しでも自分でやったという達成感のようなものを得て、物理的に綺麗になったのは勿論ですが、久しぶりに心の奥に血がめぐった感覚になりました。とりあえず天板のホコリだけを取ろうと、時間にして1分ほどガムテープを動かしていくと、そこだけ霧が晴れたようにクリアになっていきました。

それを見てふと頭に浮かんだのは「きっと人の心も何事もないような毎日でも、実はホコリのようなものが溜まっていくのかもしれない。普段は視界が悪くなる前に人はワイパーを動かして取り除いているけれど、うつ病になるとワイパーが動かなってしまうので、視界がどんどん見えなくなっていくのかもしれない」というイメージでした。何気ないことで人はもしかしたら気持ちを切り替えられるのかもしれない、そんな可能性を強く感じました。

無理をしないで少しずつでも気持ちを浮上させることができればと、その日から毎日少しずつ1分ほどのガムテープ掃除を数日してみました。掃除の範囲を広げていき、また時間を2分、3分と伸ばしていくと深く沈んでいた「何かをしたい」という活力が少しずつ戻ってきたのです。

まずは自分の寝起きしている周りから、それもできそうなタイミングがきたらやるくらいの気持ちで少しずつ何かを始める。本来は回復のためにはそうした緩やかな気持ちが大切なのではないかと思いました。

しかし何事もスピードが求められ立ち止まることに恐怖を感じる時世では、誰もが心の余裕を無くし病気で寝込む人にさえ辛く当たります。そんな世の中ではうつ病で何もできないことが「罪悪」であるかのように感じてしまいます。でも今休んでいるのも回復するためであり、決して怠けているわけではありません。「何もしない」ということを「している」と考え、じっくり休むことは決して悪いことではないと、うつ病の当事者にはそう伝えていきたいです。

私はガムテープと言う思いがけないものがきっかけでしたが、このような気持ちを切り替えるアイテムや知識をあらかじめいろいろと用意しておくのが大切だと感じました。

でも具合がとても悪い時はこのようなことを思いつかないですし、何かを考える気力も起きません。病院に行くことが前提ですが、通院や薬にプラスして使えるような具体的で日常に取り入れやすいアイデア、そして「あなたのワイパーは今止まっているから無理をしないで。急がなくて良いんですよ」そういうことをこちらで伝えていければと思っています。

 



ますみゆたか
ますみゆたか 
セクシュアルマイノリティと精神疾患の自助グループ「にじのこころ」代表
見た目でわからない生きづらさを抱える人達の繋がる場を作る活動をしている。
最近の心のテーマは「しずかに、しぶとく、しなやかに。」
 
 



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