Road to the Paralympics Tokyo
[第6回]

花岡伸和氏

[一般社団法人日本パラ陸上競技連盟 副理事長]

 

第6回 パラリンピックへの道(3)

花岡伸和

引退を思いとどまらせてくれた息子の存在

アテネ大会後、オーエックスエンジニアリングで働きながらの競技者人生が5年間続いた。悪い環境ではなかった。練習時間もそれなりに取れていた。ただ、なにかが上手くいかなかった。この辺、言葉にするのは難しいが、人生山あり谷ありの喩えになぞらえれば、私は谷に向かっていたのだと思う。

個人では抗うことのできない運命の作用のようなものが、やはりこの世にはあるのだと思う。私は競技者として最善を尽くしたつもりだったが、スポーツのフィールド以外の部分で悪いことが連鎖的に起こるのだ。たとえば車を盗まれる、怪我をする、生まれたばかりの子供に風邪を移されてひどい症状が出る(しかも繰り返し)──そうした不測の事態の連続だった。

後になって考えると、運命の流れが悪い方向に向かっているときは、それに抗おうとするのではなく、逆に流れに身を任す方が人生の処方箋としては正しい。だが、私はひたすらもがき苦しみ、流れに身を任すことができなかった。当然、レースの結果もふるわない。結果、私はアテネの次の北京パラリンピックの選考に漏れることになった。

真剣に引退を考えた。海外選手との力の差を考えれば、自分がメダリストにはなれないことはうすうすわかっていた。このままオーエックスエンジニアリングに勤め続ければ安定した生活も保障される。引退は、悪い選択ではないように思えた。

それを思いとどまらせてくれたのが息子の存在だった。もし子供が女の子だったらまた事情は違っていたのかもしれないが、私は息子にどうしても強い父親の背中を見せたかった。私の場合、その最良の方法は、やはりパラリンピックで活躍することだった。

まず、落選した北京パラリンピックの日程に合わせて調整してみようと思った。すると2008年頃から調子が上向きだし、その年の10月に行われた国際大会でもいい走りができた。出場こそかなわなかったものの、私は北京に“合わせる”ことができたと思った。次のロンドンに挑戦してみようという気持ちが強くなっていった。もし、北京に落選した時点で腐っていたら、現在の私はなかったように思う。

花岡伸和氏

 

なにもかもがとんとん拍子の4年間

ロンドンに挑戦するにあたり、私はオーエックスエンジニアリングを退職した。同社では仕事上の責任も増し、競技に集中しにくい環境になっていたからだ。半年ほど雇用保険で食いつなぎ、再就職した先が大手スポーツアパレルメーカーのPUMAだった。同社には障害者雇用枠にチャレンジャーズプロジェクトというものがあった。アートでもスポーツでもどのジャンルでもいいのだが、何か一芸に秀でた障害者を発掘し、年次契約で採用するというプロジェクトで、私はその枠で採用されたのだった。

PUMAでは本当に自由にさせてもらえた。自分自身、最後のパラリンピックと見定めたロンドンに向けて最高の準備をすることができた。しかも、経済的にも安定しているし、子供も大きくなって風邪をひかなくなったしで、悪いことなどなにも起こらない。あまりにとんとん拍子の4年間だったので、逆になにがあったのか思い出せないぐらいである。

そして、私は無事、ロンドンの選考を通過し、8年ぶりにパラリンピックに挑むことになった。

おそらくロンドンでは、私はアスリートとして一つのピークを迎えていたと思う。準備は万端だったし、大会中も周りがよく見えていた。レース当日も焦りも不安もなく、起きることすべてに対応できた。結果、私は5位でゴールテープを切った。レース前には8位入賞できれば御の字と考えていたので結果には非常に満足しているし、なにより自分の能力を最大限に生かした走りができたという満足感があった。これで心置きなく車椅子陸上競技から引退できる──私は、そう思った。

 

花岡伸和氏

アテネパラリンピック(2004年)の車いすマラソンで6位、ロンドン(12年)で5位に入賞した車いす陸上の国内トップアスリートが花岡伸和氏。マラソンを引退後は後進の指導に力を入れる一方、手でペダルをこぐ自転車「ハンドサイクル」に転向し、同競技での東京パラリンピック(20年)出場を目指している。

 



 


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