独自の言語や世界観を持った人たちとの“異文化コミュニケーション”がなにより楽しい

柏木理江さん

[アスペの会・東京 運営責任者]

柏木理江

アスぺルガー症候群(以下、AS)の臨床像が一般に認知されるようになったのはここ数年のこと。それ以前、ASを患う人たちは行政にも、また病院でさえもほとんど相手にされず、制度に乗ることも許されないまま半ば放置されている状態だった。そんな状況下、障害者施設の支援員として知的障害を持つ自閉症児・者への支援に取り組む中でASを患う人たちの存在を知り、彼らのための当時はまだほとんどなかった自助グループ「アスペの会・東京」を立ち上げたのが柏木さん。約20年間におよぶ活動の軌跡を振り返っていただいた。

 

どこにも居場所のない人々

ASは発達障害の一つで、対人コミュニケーション能力や社会性、想像力などに障害があり、対人関係がうまくいきづらい障害である。ただし、知的障害や言葉の発達の遅れはみられないため、周りからは「単なる変わった人」とみられることが多い。ASが精神障害者保健福祉手帳交付の対象となり、この特徴を持つ人が障害のある人とみなされるようになったのは、ごく最近のこと。それまでの彼らは制度の狭間におかれ、行政から援助の手を差し伸ばされることもなく、またその臨床像も一般に認知されていなかったため、どこにも行き場所や居場所のない孤立した状況に長らく置かれていた。

柏木さんは元々、社会福祉法人で知的障害をもつ自閉症のある人──主に子供──の支援に当たっていた。そんな彼女の外来相談に、あるときからなぜか成人の相談が相次いだ。さまざまな病院を訪れる中で、やっと「ASの疑いあり」という診断を受けた人々だった。彼らは「今まで精神科でいろんな診断名をつけられた」「どこに問い合わせても大人の支援はないといわれた。何の情報も入ってこない」「二次障害も重くて本人も家族もつらい」「家から出られない、居場所がない」と口々に訴えた。柏木さんは言う。

「私自身、ASに関する知識はほとんどなかったのですが、当時はASの人たちが使えるシステムがほとんどなく、ご本人たちも親御さんも困り果てている状況でした。だったら、何が出来るかわからないけれど、とりあえず自助グループをつくろう、運営は行き当たりばったりでいいから──今でもそうですけど(笑)──ということではじめたのが1998年。幸い、私の勤務する法人が活動のための部屋を無料で提供してくれたため、なんとかスタートすることができました。最初は10家族ぐらいのメンバーではじめたのですが、親御さんたちの話し合いでは、いつも誰かしらが泣いていました。『私の話をわかってくれる人に初めて会いました』と語る方も多かったですね」

今でこそASの自助グループは珍しい存在ではなくなったが、アスペの会・東京は文字通り草分け的存在。それだけに手探りで運営を進めるしかなかった。そんな同会には他の自助グループにはない大きな特徴がある。当事者同士で運営するグループが大多数を占める中、柏木さんをはじめとする健常者のスタッフがいることだ。そのことにより「デイケアに似てる」と利用者に皮肉られることもあるそうだが、もちろんスタッフがいることの利点も多い。ASのある人はそれぞれ独特の言語を持つため、当事者同士の話し合いにはトラブルが伴いがち。そこで柏木さんをはじめとするスタッフが間に入り、いわばコミュニケーションの交通整理をする。そのことで無用な衝突を避けることができるわけだ。

「私自身は“日本語による日本語通訳”と言っていますけどね。ASの方には言葉の表面上の意味とはまったく違う意味内容を相手に伝えようとしている例が多いのですが、そこをきちんと読み取れるかどうかが通訳の肝。あるASの方に言われたのですが、自分は自閉症なので共感する力が弱い、共感という感情がよくわからない。ただ、あなたと話していて、あなたから“ああ、この人は私の言葉を理解している”と感じたときの安心感は半端なかった──それを聞いて、私もとても嬉しかったですね」

アスペの会・東京

 

お婆ちゃんの家として存在し続ける

「ASの方には知的な方も多いですし、みなさん独特のワールドを持っていらしてとても魅力的なのです。ただ、コミュニケーションが一般的ではないだけで、私はそれを文化の違いだと思っています。ある利用者の方がスタッフや他の利用者とのコミュニケーションを“異文化コミュニケーション”だと言っておられましたが、私自身に関して言えば、その異文化コミュニケーションが楽しいからグループの運営を続けられるのだと思います」

“文化の違い”という視点は貴重だ。近年、障害の社会モデルと生物学的モデルということがいわれているが、標準モデルからはずれた障害者の個性的なコミュニケーション、定型的ではないコミュニケーションを受け入れられないのは、実は社会の側に問題があるのではないか。私たちの側が定型的ではないコミュニケーションを一方的に疎外しているのではないか──ASのある人たちの独特の言語や世界観は、まさにそのことを私たちにつきつける。そう、柏木さんの言うとおり、私たちとASのある人たちの間にあるのは“コミュニケーションの壁”ではなく“文化の違い”なのだ。

さて、そんな“文化の違い”を乗り越えようと20年近く活動を続けてきたアスペの会・東京。現在は月1回の例会の開催を主な活動内容とし、そこではお菓子作りやTRPG(紙とサイコロを使ったロールプレイングゲーム)といったレクリエーションや、臨床心理士をファシリテーターとして参加者の「心と心の発見(出会い)」を目指すエンカウンター・グループ(encounter group)などのプログラムが行われている。利用者はそれらに参加してもいいし参加しなくてもいい。ただ、ASのある人たちの居場所として機能すればいいという考え方で、「ゆる~く活動を続けています」(柏木さん)という。では、今後に関してはどうか。

「この5~10年でいろんな自助グループが出来ましたが、そこには当事者の方々の大変な努力があったと思います。ただ、当事者同士のグループだとどうしても衝突があったり、離合集散を繰り返したりしがち。そんなとき、『少し疲れたから帰ろうか』と立ち寄ってもらえる“おばあちゃんの家”であり続けることが、ウチの変わらぬコンセプトだと思っています」


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