自分が“こう生きたい”というイメージを大切にして
障害を理由にあきらめないでほしい

玉木宏明さん

[就労継続支援B型作業所当事者スタッフ]

 
玉木宏明さん(仮名)

統合失調症を患う玉木宏明さん(42歳)の経歴は少々、異色だ。精神障害者を対象とする作業所に利用者として通所した後、一般企業で7年10カ月就労、その後、今年4月から就労継続支援B型作業所に当事者スタッフとして勤務している。障害者が作業所に当事者スタッフとして勤務する事例は、おそらく全国的にみてもまだないだろう。「前例がないだけに、自分自身が前例をつくるという意気込みで働いています」という玉木さんに、これまでの波乱の人生を回顧していただいた。

一般企業での就労経験を評価されての採用

25歳で統合失調症を発症した。元々、人付き合いが苦手で、人間関係をうまく構築できないことを理由に大学を長期留年中だった。その間にも前駆症状はあった。それが決定的な形で現れたのは、進級へのラストチャンスとして挑んだ試験でカンニング疑惑をかけられたことだった。玉木さんの中で、なにかが壊れた。症状が一気に吹き出した。

「ある種の救世主妄想といいますか、自分は世界の秘密を知っており、その秘密が暗号化されて脳の中に刻まれているという妄想に取り憑かれたのです。そしてその妄想が、暗号化された情報を盗みに来る人間がいる、自分は命を狙われているという被害妄想に発展していったわけです」

そんな苦しい状況の中、ある日、街中をさ迷い、歩道脇のベンチでぐったりしているところで警官の職務質問を受けた。玉木さんの言動は明らかに辻褄が合わず、おまけに懐には護身用のナイフを忍ばせていた。自傷・他害の恐れありということで即刻、病院に搬送された。結局、2カ月間の措置入院となった。

退院後も精神科病院への通院と投薬治療は続いた。そんな中、今度は陰性症状が出始めた。そして玉木さんは5年もの長きにわたり、実家での引きこもり生活を余儀なくされることとなった。

「引きこもりの生活は苦しかったです。ちょうどその頃、妹に子供が生まれて、私にとって甥っ子にあたるその子の世話をするのが唯一の息抜きでした。転機になったのは、長引く引きこもり生活を心配した母親にハローワークに連れて行かれたこと。そこで職員の方から『その状態でいきなり就労は難しい、まず作業所や授産施設に通ったらどうか』と提案を受けたのです」

都内足立区の保健センターを訪ねて相談した。授産施設に空きが出るまでの間、同保健センターの思春期デイケアに通うことになった。そこではじめて人と接することに慣れ、人とコミュニケーションを取ることの楽しさや喜びが理解できるようになった。それをきっかけに玉木さんは社会復帰に向けて本格的に動き出した。

玉木さんが現在勤務するのは特定非営利活動法人「みなづき会」の渕江作業所(足立区)だが、やはりそのみなづき会が運営する別の作業所に通い始めた。手先を使った軽作業や清掃の仕事、またパソコンを使った報告書作りなどをするうちに、徐々に自信がつきはじめ、授産施設にはいかずにそのまま就職活動に入ることとなった。地域活動支援センターのジョブガイダンスを受け、縁あって足立区内の靴メーカーに就職することになった。職種は事務補助、パート待遇での採用だった。

その会社で玉木さんは7年10カ月もの長きにわたる就労経験を積んだ。その実績をみなづき会が評価した。当事者スタッフとして戻ってこないか──同会は玉木さんにそう声をかけた。

「当事者としての就労経験を利用者さんへのアドバイスなどに生かしてみないかというお誘いでした。その頃には靴メーカーでの仕事もさすがに軌道に乗り、障害者雇用組のリーダー的存在になることも期待されていたのですが、自分が50~60歳台になったときのことを考えると、このまま事務補助の仕事を続けるのはどうかという思いはありました。だったら、まったく未経験ですけど福祉職という仕事にチャレンジしてみよう──そう決めたわけです」

 

自分が「ここ」に居ていい感覚と社会への貢献感

現在、玉木さんが勤務する渕江作業所は、今年4月にオープンしたばかりの新設の作業所(就労継続支援B型施設)だ。別の作業所で研修を受けた後、玉木さんは同作業所のスタートアップ・メンバーとして働き始めた。

「渕江作業所はB型ですが、今の世の中の流れでは就労に結びつく作業所づくりが奨励されていますので、B型というのはある意味、時代に逆行しているように思われるかもしれません。ただ、私どもはこれまでのB型とは少し違うスタンスでの運営を考えています。これまでの作業所では職員が指示を出し、利用者さんがそれに従って作業を進めるという形が一般的でしたが、当作業所ではむしろ利用者さんから『こうした仕事がしたい』など提案してもらう。利用者主体で、職員と利用者さんが一緒になって作業所を作り上げていくことを目指しているのです」

そうした作業所のコンセプトに、自らが当事者である玉木さんの特色はフィットしているように思える。ご自身が言うとおり、利用者との間に「職員と当事者という縦の関係ではなく、当事者同士という横の関係をつくれる」からだ。ただ、当事者スタッフであることのデメリットもあるという。7年10カ月の就労経験があるとはいえ、内職や清掃といった作業所内での仕事に関しては利用者の方がむしろ習熟していたりする。したがって、「これができるから自分はスタッフなのだ」と利用者に納得してもらうことが難しい。自分自身の“強み”はどこにあるのだろうと、役割葛藤に悩むこともあるという。ただ、みなづき会からは、初めての当事者スタッフの採用例であることから、玉木さんに「利用者からスタッフへ」のロールモデルになってほしいという期待も寄せられているようだ。

「最近ではピアブームということもあって、ピアサポーターなどの事例は増えていますが、私の知る限り作業所で実際に雇用契約を結んだピアスタッフの事例は周りにいません。それは私にとってロールモデルがないということであり、それで不安になったり迷ったりすることはありますが、今は前例がないなら私が前例を作っていけばいいという意気込みで仕事に取り組んでいます」

現在は病もほぼ寛解し、次の目標である一人暮らしの実現に向けて準備を進めている玉木さん。最近の楽しみは「人と会うこと」だという。友人・知人と喫茶店で語りあったり、職場の人たちと飲み会をしたり、異性の友人とデートしたりといった時間がかけがえのないものとなっているようだ。かつての人付き合いに悩み、人間関係を構築することを避けていた彼からは180度の変わり様だ。おそらく、苦しい病の経験が、彼を人として大きく成長させたのだろう。そんな玉木さんに「ご自身にとって働くということはどういうことか?」と訊ねてみた。

「もちろん、生活の糧を得るためということは前提としてありますが、それ以上に、自分が『ここ』に居てもいいという感覚と、何らかの形で社会の役に立っているという貢献感を感じられることが大きい。最近、心理学者のアルフレッド・アドラーの本を読んだのですが、働くことの効用について同じ意味のことが書かれてあり、その一致を嬉しく思いました」

「ここ」に居てもいいという感覚と、社会への貢献感──この二つはおそらく障害者のみならず、働く者すべてが求めてやまないものだろう。玉木さんはいま、それらを確実に手にしようとしているようである。

最後に読者へのメッセージをお願いしてみた。

「『自分はこうなりたい』とか、『こういうことがしたい』というイメージを大切にしてほしいと思います。自分自身を振り返ると、なにかがしたいという衝動があれば道は拓けるのではないかと考えられます。精神の病を得てしまうとどうしても絶望したり、いろんなことをあきらめて来られた方が多いと思いますが、なんでもいいから楽しいと思えることや喜びに感じることを大切にして、障害を理由にあきらめてほしくない。そう強く思います」

 

玉木宏明さん(仮名)


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